さえずるキウイズム

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審美眼を磨くチャンスを逃さない

しがない会社員をやってると、「上司によって言ってることが違う」という状況があります。

 

直属の上司とそのさらに上司で言ってることが違う、、。

「どっちに従ってもどちらかの顔をつぶすことになるし、、うーん、辞めたい!」

みたいな状況。きっとみなさん経験があるのでは?

 

結論としては自分で判断して決めるしかないのですが、なかなかイヤになりますよね。

 

「社内で意見を統一せぇ」

 

とキレたくなりますが、実はこんな時こそ自分の審美眼を磨くチャンスです。

 

審美眼ってなにさ?

審美眼とは「美を識別する能力」のことです。

「なにをもって美しいとするか?」という自分の中での基準です。

 

尊敬する荒木飛呂彦先生がインタビューでこの言葉を使っていたので、気に入って使うようになりました。(元サイトがないのでまとめサイトで御免!)

 

キーワードは『審美眼』! NEWTRAL 荒木飛呂彦インタビュー「荒木飛呂彦の過去現在未来」(再掲載!!) | @JOJO ~ジョジョの奇妙なニュース~

 

僕は「審美眼」で人は行動すべきだと思っているんですね。
「美しさをどう判断するか?」っていうか。
自分が行っている行動は美しいのか、そうでないのか。
「美しい」っていうのは、単に外見とかの問題じゃなくて、しっくり馴染んでいるかどうか、納得できるものかどうかということなんだと思うんですよ。
勉強って、その「審美眼」を培うためのものだと思うんです。

 

荒木先生は「納得」という言葉を使っていますが、私は「カッコいい」に言いかえています。これは人によって「イケてる」でもいいし、「正しい」とかの場合もありますね。

 

審美眼を曇らせる行為

上司同士の意見が合わないという場面も最終的な正解はなく、自分が納得できる意見に従うしかないんですが、やってはいけない行為もあります。

 

それは「偉い方に従っておけばいいか」のような思考停止パターン。自分自身で決断しないということ。

 

自分で決められないということは周りの審美眼に合わせて行動することになり、自分自身の審美眼がどんどん曇っていきます。

 

「判断が正しかったか」よりも大切なのは「自分自身で決めたか」です。

 

審美眼を磨くチャンスを逃すな

他人とのコミュニケーションとは自分を知るためのものです。時にめんどくさいなって思うんですが、周りの考え方に触れるというのは審美眼を鍛えるチャンスなんですよね。そのチャンスを逃すのはじつにもったいない。

 

しがない会社員たる者、時には納得いかない意見に従わなくてはいけないこともあります。そんな時もなんとなく従うのではなく「納得できない」という気持ちを忘れないようにしています。

 

長期的にはその方がうまくいきますよ。

 

本日はこれにて。

ありがとうございました。