さえずるキウイズム

メンタル弱いなりに工夫して生きている一児の父。頭の中のモヤモヤを整理中。やきうとドラゴンズがすきです。

優しさを捨てるのは恥ではない

自己犠牲の上に発揮される優しさというのは美しいかもしれません。

しかし、時には自分を守るために優しさを捨てることも必要です。

 

自分を守るため優しさを捨てた

先日どうにもモヤっとする出来事がありました。近所のコンビニに行った際の話です。

 

「おい!そこの!」

 

なにやら自分のことを呼ばれている感じがしたので、振り返ってみるとそこには車椅子に乗っている男性がいました。

 

どうやら駐車場の段差に車椅子の車輪が引っ掛かっている様子。

不穏な呼び方に胸がざわつきながらも

 

「どうしました?」

 

と声を掛けると、男性は

 

「ここだよ!ここ!ほら!」

 

と言いながら、その段差を指さしていました。

 

状況をうまくつかめず、戸惑いながら車椅子を押していたら

 

「違うよ!バカ!」

 

と怒鳴られました。

 

正直その時点で帰りたかったのですが、さすがにその状況で放置するのはいかんと思いなんとか段差を抜け、男性は無事コンビニの中に入ることができました。

 

あっけにとられた気持ちと納得いかない気持ちが混ざった帰り道で考えていたのは「次に彼を見たときに同じように助けることができるだろうか?」という疑問でした。

 

正直な気持ちを言うと、その男性には二度と会いたくないですし、もし見かけた場合も助けないかもしれません。私はきっと優しさを捨てて、自分を守るでしょう。

 

「障害者は助けるべき」云々の話もあるかもしれませんね。

それでも「お願いします」も「ありがとう」も言えない人間を助けたいとは思えません。

 

みなさまはどうでしょう?

同じ状況でどんな行動をしますか? 

 

いわゆる「優しい」人は次も助けてしまうのではないでしょうか?

きっと次もイヤな思いをする。それがわかっていても自分を犠牲にして手を差し伸べてしまうんだと思います。

 

自己犠牲の上に成り立つ優しさを見る場面というのは少なくありません。

強い者が見せる優しさは傲慢ととられ、弱い者がなけなしの気力を振り絞って見せる優しさは美しいものとして扱われます。

 

なんか世知辛いよなと思います。

 

美しくなくてもいい。

自分を守るために優しさを捨てることは決して恥ではない

 

少なくとも自分はそれを責める真似はしたくないな。と思うような出来事でした。

 

本日はこれにて。

モヤっとする話題でしたが、お付き合いいただきありがとうございました。